以前まで、肺がんの診断は死の宣告と言われていましたが、ファイザー社やアストラゼネカ社が開発した治療法により、がんの進行を抑制できるようになりました。
最も致命的ながんと診断された人々にとって、今までになく希望が高まっています。
今回は現代の肺がん治療について詳しく解説します。
肺がんは「勝てない病気」ではなくなった
肺がんはかつては死の宣告とされていましたが、「禁煙の推進」、「スクリーニング(検査)の技術向上」、「新薬の登場」により、肺がんと診断された患者の予後が大きく改善されました。
現代では、特定の遺伝子やタンパク質を標的とした治療や、免疫力を高める薬によって、患者は数ヶ月から数年間、病気を抑えることができるようになりました。
また、治療が難しいタイプの肺がん患者にも希望を与えています。
アンジェラ・デミケレ氏(ペンシルベニア大学メディスンの腫瘍内科医)は、
「かつては肺がん患者の予後は絶望的でしたが、現代では治療が期待できる患者が増えています。」
「これまでは治療が考えられなかった患者でも治る可能性が出てきました。」と述べています。
新薬の登場で肺がん罹患後の生存期間が延びている
アストラゼネカ社の抗悪性腫瘍剤「タグリッソ」は、一部のステージ3の肺がん患者において、化学療法と放射線療法のみと比較して、肺がんを約3年間抑制できることが示されました。
2024年6月2日に発表された別の研究では、同社の免疫療法薬「イミフィンジ」が、治療が難しいタイプの肺がん患者において、約2年間の生存期間の延長をもたらしたことが報告されました。
シカゴで開催された米国臨床腫瘍学会(ASCO)で発表された別の研究では、進行がん患者の60%が、ファイザー社のローブレナを服用した後、5年間、がんが進行せずに生存していたことが報告されました。
これは、同じ遺伝子変異を標的とした従来の薬を服用していた患者のわずか8%と比較して、非常に優れた効果です。
デビッド・スピーゲル氏(テネシー州のサラ・キャノン研究所・科学部門責任者、イミフィンジ臨床試験責任医師)は、「これらの結果は本当に素晴らしいものです。肺がん治療において本当に大きな前進です」と述べています。
タグリッソ、イミフィンジ、そしてローブレナはすべて米食品医薬品局(FDA)によって承認され、現在使用されています。
肺がん患者の一例
ローブレナは、ステージ4の肺がん患者であるマット・ヒズネイ氏の病気を9年間抑え続けています。
ヒズネイ氏は喫煙経験がなく、2011年に24歳で持続的な咳の症状が続いた後に肺がんと診断されました。
ヒズネイ氏は肺がんと診断された時「その瞬間、一気に年を取った気がしました」と語ります。
しかし、良い知らせもありました。
彼の腫瘍には「ALK」という遺伝子変異があり、この変異が特定の治療薬の標的となることが分かりました。
担当医師はヒズネイ氏の手を握り、「あなたは特別な遺伝子変異を持っており、治療に役立ちます」と伝えました。
ヒズネイ氏は、化学療法や放射線療法などの古い治療法を含め、いくつかの薬を試しましたが、それぞれが一時的に彼の病気を抑えていました。
彼は2015年にローブレナの臨床試験に参加し、それ以来この薬を服用し続けています。
ヒズネイ氏は、「再び未来を考えることが少しだけ楽になりました」と語ります。
診断から5年後、ヒズネイ氏は2011年の生存率がわずか1%という厳しい状況を乗り越えたことを祝して、ビール工場の地下室を借りて「ワンパーセントパーティー」を開催しました。
その後、10年目にも同様のパーティーを開き、次は15年目のパーティーを計画しています。
現代で使われている肺がん治療薬とその効果
- タグリッソ
- イミフェンジ
- ローブレナ
- イムデルトラ
タグリッソの効果
タグリッソはアストラゼネカ社が製造販売を行う錠剤タイプの抗がん剤です。
有効成分「オシメルチニブメシル」が、がん細胞の増殖に必要なタンパク質(EGFR)の働きを阻害することで、がん細胞の増殖を防ぎます。
EGFR遺伝子変異のある患者に対して効果的とされています。
細胞の増殖に必要なタンパク質「EGFR」が変異している状態。
特にアジア人や非喫煙者の間で比較的多く確認されます。
日本人では肺がん患者の約半数にEGFR遺伝子変異が確認されているそうです。
2024年6月にシカゴで開催された米国臨床腫瘍学会(ASCO)の会議で発表された研究では、手術が難しいステージ3の患者に対して、化学療法と放射線療法の後にタグリッソを追加する治療法が評価されました。
その結果、がんが再び進行するまでの期間の中央値は、タグリッソを服用していない患者がわずか6ヶ月未満だったのに対し、タグリッソを服用した患者では3年以上に延びました。
イミフィンジの効果
イミフィンジはアストラゼネカ社が製造販売を行う点滴タイプの免疫チェックポイント阻害薬です。
がん細胞の表面にはPD-L1と呼ばれる、免疫系の攻撃から逃れるためのタンパク質が存在しています。
有効成分「デュルバルマブ」には、PD-L1と結合しその働きを阻害する事で、免疫系ががん細胞を攻撃できるようにサポートする働きがあります。
また、免疫系の活動が長期間維持され、効率的にがん細胞が排除される効果も期待されています。
がん細胞が免疫系からの攻撃を逃れる仕組みを解除して、がん細胞が排除されるように免疫系に働きかけるお薬です。
特に進行肺がんの治療法として使用されています。
イミフェンジの臨床試験では、従来治療法(化学療法と放射線療法単独)での生存期間中央値33ヶ月と比較して、イミフェンジを用いた治療での生存期間中央値が約56ヶ月に延長したことが確認されました。
※この試験には、転移が見られない小細胞肺がん患者が含まれています。
ローブレナの効果
ローブレナはファイザー社が製造販売を行う錠剤タイプの非小細胞肺がん治療薬です。
有効成分「ロルラチニブ」が、未分化リンパ腫キナーゼ(ALK)融合タンパクの作用を阻害することで、がん細胞の増殖を抑制します。
通常、ALK融合遺伝子陽性の切除不能な進行・再発の非小細胞肺癌の治療に用いられます。
ALK融合遺伝子検査によって陽性が確認された方にのみ使用されます。
イムデルトラの効果
イムデルトラはアムジェン社が製造販売を行う小細胞肺がん(SCLC)の治療薬です。
有効成分「タルラタマブ」がT細胞(免疫系の細胞)に働きかけ、がん細胞の近くに誘導させることでがん細胞が溶解します。
悪性度が高く深刻な固形がんの1種。
毎年、世界で肺がんと診断される患者約220万人のうち15%がSCLCに該当するとされています。
増殖速度が非常に早く、早期に転移しやすい特徴があるため治療が難しいとされていました。
2024年5月、FDAに「進行した小細胞肺がんの治療薬」として承認されています。
イムデルトラを使用した場合の生存期間の中央値は14ヶ月で、患者の40%に治療効果が認められました。
肺がんの生存率が過去5年間で約20%向上した
肺がんは、男女問わず、がんによる死因の第一位であり、年間12万5,000人以上の米国人が命を落としています。
米国肺協会の報告によると、肺がんの生存率は過去5年間で約20%向上しています。
肺がんは、他のがんと比べて、新しい薬、特に免疫療法による効果が現れやすい傾向があります。
これは、肺がんの腫瘍に多くの遺伝子変異が見られ、その変異を標的にして攻撃することが比較的容易であることが理由とされています。
ローレン・アヴェレット・バイアーズ氏(テキサス大学MDアンダーソンがんセンターの腫瘍内科医)は、「数ヶ月ではなく年単位で効果を評価できる治療法が登場することは、がん治療の大きな進歩です」と述べています。
がん治療は日々進化を遂げています。
新たな肺がん治療薬が登場し、肺がんに悩む患者が少しでも減る未来が期待されます。
この記事の参考サイト
タグリッソ錠40mg
ローブレナ錠25mg
イミフィンジ点滴静注500mg
Lung Cancer Was a Death Sentence. Now Drugs Are Saving Lives.:WSJ